次もこういう演奏会ができるように、がんばろう

中山さんのコメントに対して、少しネガティブな言い方をしてしまったので、心配してフォローくださったんだ(と勝手な解釈ですが)と思う。いつも無神経で周りの皆さんに迷惑をかけている私から見ると、このような気遣いができる大人の方は憧れです。


今回の演奏会を通して、自分自身を鏡のように見ていた部分があって、やっぱり私は何がやりたいのか、何をやり続けるのかという命題を付きつけられているような感覚があった。その答えの一つを示してくれたのが、演奏会であり、中山さんであり、先生であり、普段の生活だった。

そこで、とにかく何があっても前に進もうと思い、疲れていても時間が少なくても、何かしらをやっているようにしている。最近少しだけBLOGを書いているのもそのひとつ。積み重ねが「何か」をつくると信じて。

それが証拠に、あれからというもの、頭の中で第2楽章のレントラーが常に鳴り続けている。ところどころで「そこもっとうたって欲しい!」などと思いながら聴いた緩徐楽章。週末は何年ぶりかに同じ曲のCDを取り出して聴いてしまったし、ご丁寧に楽譜売り場でポケットスコアを立ち読みしてしまったりもした。

趣味で音楽をやるなんてことは、自己満足以外の何物でも無いとは思いつつ、このように中山さんの中に少しでも「何か」を残せたのであれば、これ以上の嬉しいことはない。この世の中には一見無駄と思えるようなもので溢れかえっている。趣味ではなく仕事であったとしても、その一つを創りだす役割を全うし、誰かの中に「何か」を残してみたい。今回の演奏会のおかげで、こういう気持ちにさせてもらった。


最近、会社でソーシャルメディアの未来の話をしている。「メールは要らなくなる」とか「BLOGなんて書く人はいなくなる」とかそういう話題に浸っている中で、このようにBLOGでの会話ができているのは嬉しく楽しい。遠い未来、誰もやらなくなるかもしれないけど、こういうのも楽しいよ、と控えめにささやいてみる。

次もこういう演奏会ができるように、がんばろう。