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広げちゃうよ〜

先週、せるげーさん(id:sergejO)とろんろんさん(id:Ronron)と銀座会議を開催。クラシック音楽サイトを運営している同士で意見交換をしました。ろんろん兄さんはクラシック初心者視点のアドバイザーとしての参加でした。

せるげーさんが運営されているサイトは「Look4Wieck.com」と「CVLTVRA ANIMI PHILOSOPHIA EST」。いろいろな視点でクラシック音楽のCD書籍、曲を紹介しています。ここまでの深さでかつ聴衆視点で紹介しているサイトはなかなか無いのではないでしょうか。あくまで個人的な趣味に走って偏ったり(それ自体は悪いことだとは思いませんが)、商売視点ばかり見えてしまうサイトだったりします。

ということで、同じクラシック音楽を題材としているということで、何か一緒にできるんじゃないかなーという話になったんですね。

私は、以前からコンサートとCDやDVDは似て非なるものだと感じています。演奏する側も聴く側も、録音とコンサートでは姿勢がまったく違います。

演奏する側は、録音で良く聴こえるようにするため、確実にコンサートと演奏法を変えています。また、録音方法もいろいろ工夫することによって聴こえ方はぜんぜん違う。また取り直しも可能。つまり、作られたものです。コンサートは、一瞬一瞬何が起こるかわかりません。お客さんの数、テンションや、温度湿度、体調など何でも影響し、しかも1回勝負。生ものなんですね。

聴く側は、通勤の際にipodで聴いたり、寝る前に子守唄代わりに聞いたり、仕事中に聴いたり、姿勢を変えることができます。また、CDは何回聴いても同じデバイスであれば同じ音が出ます。基本的に好きなときに聴けるため、ある程度意識は限定されます。コンサートは、足を運ぼうか迷ったり、チケットを買うところから意識が始まり、誰と行くか、どういう体調か、湿度温度か。日時は決まってるため、気分によって聴かないということはしにくい。演奏では何が起こるかわからないし、見た目の印象や隣の客の雰囲気など影響する。そして、終演後に飲みにいって感想を話し合ったりするところまで意識的には演奏会は続いていると言えると思います。

何が言いたいのかというと、端的に言うと情報量がぜんぜん違うわけです。むしろ、音楽以外の要素が大変大きい。それが、音楽を演奏・聴くという意識を広げ、芸術性にも大きな影響を与えてると思うのです。CDの演奏が音楽のすべてだと思ってもらっては大変困ります。

ということで、もしせるげーさんがよくいる「クラシックマニア」的な人だと、この辺共感できないかなー、と正直少しだけ心配していた(まぁ、Blogやサイトを見るとそうではないことは一目瞭然ですが)のですが、もちろんそんなことはありませんでした。

「生の演奏聞きましょう」完全一致いたしました。

また、せるげーさんは、シュンポシオン横浜で会ったときに、批評家や一般的な固定観念にとらわれることなく、「自分の耳で判断しなければならない」という話もしてました。まったくそのとおりだと思います。隣の人が喜んでいても、ブーイングすることはいけないことではないのです。むしろ、「カラヤン」のような言葉に翻弄され、それだけを意味無くありがたがるというのは、もったいないこと。

そういう意味でも、いろいろな音楽に触れられる、知ることができる、というのはCDでなければできないこと。不必要だと言っているんじゃないんです。「違うもの」だと言っているのです。一応ね。

でも、やっぱりクラシック音楽は敷居が高いのか、なかなかそういう機会を得にくい。我々のサイトはそういうお手伝いができると思うのです!

ということで、いろいろ楽しいアイデアがたくさん出ました。早速動き出しますので、何かできましたらここに書きます。ご期待あれ!せるげーさん、ろんろんさん、楽しい機会をありがとうございました!

わたしもオススメCDを

せるげーさんのサイトを真似て、私もCDを1枚お奨めを。

コリンデービス指揮 ロンドン交響楽団 エルガー:交響曲第1番

Symphony 1

Symphony 1

私はエルガーの交響曲は名作のひとつだと思うのですが、いまいち演奏される機会が無く、いいCDもありません。威風堂々に代表される印象的なメロディが含まれ、親しみやすい曲です。ベートーヴェンをはじめとするドイツ音楽は、人間の深く暗い部分を表に出し、たまに見える救いのような部分が大変印象的に感じられるよう表現されているように思いますが、エルガーはまったく逆で、人間の明るくポジティブな部分を表に出しつつ、たまに見える暗の部分を印象的に表現しているように思います。

エルガーの「よっ!イギリス音楽!」と言われてしまうメロディは、その暗の部分のテーマをより導き出すためのアンチテーゼであり、もっと言うと、人生は基本的に苦しいという中で、搾り出しているポジティブな部分であるように思うのです。紳士的であり、人間的にすばらしい部分だと思いませんか!

どうも、そういう部分を表現されているまま表面的に受け取っている人がほとんどであることが、この曲の評価を上げていない要因ではないかと感じています。もっと深く聴いて欲しい。

コリンデービスはこの曲を大変ロマンティックに表現しています。最近はどんな曲でもあまりロマンティックに演奏しないのが流行っていると思うのですが、この曲のアプローチの第1歩としては最高でしょう。ロンドン交響楽団のすばらしい演奏も相まって、この曲の良いところをうまく表現していると思います。その結果、このコンビのバランスが最高。そういう意味で、私はこのCDをお奨めします。

ただし。私はこの演奏がこの曲を最高に表現しているとは思ってません。やはり、まだまだ演奏が少なすぎる。残念ながら世界の1流オケがほとんど演奏していません。もっとたくさん演奏してもらい、もっと深い部分を表現して欲しいものです。まず、ラトル&ベルリンフィルの演奏が聴いてみたいっす。

あ、でもamazonでは品切れだ…みなさん、ごめん。