プロになりたい!?

先日、いまお世話になっている指揮者の方と食事をする機会があって、色々な話を聞かせてもらった。彼は年間3分の1ほどウィーンにいるそうだ。「うちのオーケストラの印象はどうですか?」という質問から広い話に発展した。

もっとも印象的な話は、「日本はオーケストラも野球もプロの数が圧倒的に少ないと思う」という話題から広がった話だ。日本全国で4000校も出場する夏の高校野球、そこまで多くないとしても盛んに行われる吹奏楽コンクール。でも、日本のプロ野球は12球団と独立リーグが数チーム。日本のプロオーケストラは20ほど。確かに、やめてしまった人はどこに行ったのだろう。
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アメリカの野球はマイナーリーグはものすごい数があるし、独立リーグも多い。ヨーロッパでは、日本のアマチュアオーケストラのようにプロオーケストラが町に1つずつあるそうだ。この圧倒的なプロの数の違いは何か。

もちろん、受け皿が少ない、収益が上がらない、自治体からの支援が受けられないということがあると思うが、その指揮者の方は、「あまりにも学生時代にがんばりすぎていて、やりたくなくなるのではないか」と言っていた。

その方曰く、ヨーロッパの音楽大学は、入りたい人は大体入れて、実力が無ければ辞めるか卒業できないかということになっているとのこと。つまり、やりたい人は誰でもやれるということなわけだ。だから、音楽が好きで演奏したい人が続ける。もちろん中には日本の音大生に比べると驚くほど下手な人がいて、そういう人は途中でやめることになる。上手い人はプロになる。

日本の場合、まず音楽大学が狭き門だ。そして18歳やそこらで決まったその大学名が一生ついて回る。私の知っている音大生でも、やはり「芸大」というネームバリューは全然違う。もちろん、派閥も生まれている。頭一つでた才能のある人はそんなもの関係ないが、そこそこの人たちはこの部分で生きている人も多いだろう。

この根本的な音楽をやる動機が違うところが、そもそもプロの層を薄くして、アマチュアの層を熱くしているのではないだろうか。日本人の場合は、仕事は厳しいもので苦労しなければならないという強迫観念があるので、より生活が厳しいクラシック業界で生きていくことにネガティブな感情が生まれるのも無理は無い。そのような感情や行動が、お客さんの数や自治体の支援の数にも影響しているように思う。そもそも情熱が少ないし。

もちろん、努力や謙虚な気持ち、いざと言うときの根性が必要であることは確かだが、特定の技能を伸ばさないといけない場合は、そう簡単に習得できるものではないため、ポジティブな感情を中心に考えなければなかなかやりたいと思わないのではないだろうか。もっと言うと、最近はどんな仕事でも創造性が必要となっているため、このようなポジティブな感情がとても大切になってくると感じている。だから、これは野球やクラシック音楽だけでなく、日本全体的な仕事に対する姿勢の問題ではないだろうか。

最後に、その指揮者の方が「君達もプロになればいいのに。毎日やっていたらもっといい演奏できるよ」…だそうである。

今読んでる本

結果を出して定時に帰る時間術 (sasaeru文庫 こ 2-1)

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今の私の考えと完全に合致している内容。関係ないけど、著者の方があまりにも綺麗な人でびっくりした。