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現代版モーツァルトのライブなんだ!

今日は、神奈川県立音楽堂に行ってきた。あまりにも衝撃的な演奏会だった。

クラシックなジャズナイト in 音楽堂
http://www.kanagawa-arts.or.jp/15kiaf/event_2.html
[プログラム]
 バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番プレリュード《ピアノ版》
 バーンスタイン:「キャンディード」序曲
 ガーシュイン:ピアノ協奏曲へ調《山下洋輔ヴァージョン》
[出演]山下洋輔(ピアノ) 佐渡裕(指揮) 東京フィルハーモニー交響楽団

職場から桜木町は少し遠く、開演5分前に到着。チケットは売り切れていると聞いていた通り満員で、私達の席だけぽっかり空いていた。なんか贅沢な気分。神奈川県立音楽堂は高校の部活の演奏会や、大学の演奏会で何度も立った舞台。そこにこれだけ豪華なメンツの演奏会が開かれるというのは近くて遠いような変な感じだった。

まずはバッハ。原型をほとんどとどめておらず、完全に山下洋輔バージョンとなっていた。これを聴くと、一体ガーシュウィンはどうなるんだという期待が高まる。2曲目は佐渡裕の十八番とも言えるキャンディード。もう何回聴いたかなぁ。相変わらずスピード感がある演奏だった。演奏者側に立つと、このホールは周りの音が聞こえにくく、あまり演奏しやすいとは思えないのだが、案の定東フィルも戸惑っているようだった。とは言え、お客さんはこの時点で大盛り上がり。この小さいホールで佐渡さんのキャンディードを聴けばそうなるのも納得。私もビンビン来ましたよ。

さて、休憩後のガーシュウィン。本当に大好きな曲で、クラシック音楽として書いたガーシュウィンの曲の中では最高傑作だと思っている。これを聴くとラプソディ・イン・ブルーでは欲求不満になる。いつか生で聴いてみたいと思っていたら、佐渡&山下なんてこれ以上無い組み合わせだ。山下さんは初めて演奏されるとのこと。期待が高まる。

そして始まったらもう興奮しっぱなし。何が出てくるかわからないとはこんなに面白いことなのか。もちろんオーケストラは譜面どおりなわけだが、山下さんがどう出るかわからないのだから、ギリギリの攻防が続く。このバランスがたまらない。山下さんはハエが人の周りを飛ぶように、ガーシュウィンに近くなったり遠くなったり、視界から消えたりしながらも、オーケストラのフレーズにも合わせ、展開していく。カデンツではもちろん独壇場なわけだが、ガーシュウィンのメロディの変奏と次のフレーズのつなぎ方の兼ね合いがどうなるかわからないというドキドキ感と期待感が興奮を煽る。

山下さんはどんどん盛り上がっていき、1楽章の最後はもう曲が終わるかのような熱演で嵐のような拍手がきた。まだ1楽章しか終わっていないのに、一体どうなるのだろうか…。

そして2楽章。トランペットの眠いメロディからピアノのユーモラスなメロディ。この楽章の場合、それほど原型を崩していないのだが、メロディに付く和音がちょっとずつ違い、この不思議な動きが何とも言えず面白い。オーケストラとの絡みでも和音が違うので、イマイチ調和しないと思ったら、違う和声の動きを見せてくれてそれが合ったりと、新しい発見を見せてくれる。そして、後半の「サビ」の美しいメロディに入る前のピアノが何とも美しかった。もちろん「サビ」も美しい。やっぱりいい曲だなぁ。

3楽章。ピアノを打楽器的に使った冒頭がかっこいい!譜面どおりでもかっこいいのだが、スウィングしている感じが何ともいえない。カデンツも以前の楽章より明らかに力が入っており、足を鳴らし、声を出し、肘とか腕全体でピアノを鳴らし、オーケストラもよく鳴り、佐渡さんのサポートとここぞというときのオーケストラさばきが頂点に達して、曲が終わった。絶叫のような「ブラヴォー」と嵐のような拍手。スタンディングオベーション。熱狂というのはこういうことを言うのだろう。本当に体が震えた。

アンコールは山下さんの曲。これもノリが良くて、お客さんが手拍子始めたり、オーケストラが立って演奏し始めたり、もうめちゃくちゃ。最高の盛り上がりで演奏会が終了。これだけ刺激的な面白い演奏会は初めてだった。本当に凄い。特に面白かったのは、いつもはクールなオーケストラの人たちから笑顔が見えたり、コンマスの人が異様に盛り上がっていたりで、全員で作られた熱狂だったようだ。こういう演奏会って1年にどれだけあるんだろう。

まとめ

今のクラシックには即興はほとんど取り入られない。それでももちろんすばらしい演奏は存在するのだが、「先が半分くらい見えない」というものがこれだけ面白いものだとは思わなかった。「先が半分くらい見えない」中の「半分くらい」というところがポイントのように思う。軸となる曲があって、その周りを飛ばなければならないという制約があるからこそ、この緊張感が生まれ、着地したときの安心感が増大し、興奮も大きくなるのではないかと思う。基本的に山下さんはオーケストラのスタイルから離れたい(離れざるを得ない)し、オーケストラは譜面どおり弾くしかないというところで、完全に相容れない関係となっている。それを何とか近づこうというこのやり取りも、面白さの一端を担っている。おそらく、この感覚はジャズのトリオでも、ソロでも、ビッグバンドでも味わえない緊張感だろう。

ガーシュウィンを聴きながら、即興演奏を多くしてたというモーツァルトを思い出した。作曲も即興のようなものだっただろうし、実際彼が弾く音楽会も、即興を多くやってただろうと思う。もしかすると、ピアノ協奏曲だって彼が弾くと少しずつ違ったり、カデンツなんて毎回違ったのかもしれない。きっと面白かっただろうな…。あ、ということは

これが現代版モーツァルトのライブなんだ!

うーん、納得。

長々と書いたが、なんか感じたことの1割も書けてない気がする…。あと、ホールが小さい臨場感も良かったし、佐渡さんの指揮があったからこその熱狂だ、というところも加えておこう。とにかく、忘れられない演奏会になった。