自分にとっての音楽の大きさ

どこを見て、何を聞いて仕事をしてるか?(DESIGN IT! w/LOVE)

でも、普通に仕事をしていると、この時間ってオフィスにこもっていて、世界の青さにも気づくことができない。それってすごく正しくない気がするんです。
特にセンスが問われる仕事をしている人が殺風景なオフィスにこもって感性への刺激を受けずに多くの時間を過ごしているというのはどうかしている。

とてもこのエントリーには大変共感し、tanahashiさんのBlogのファンになってしまった。全体的に感性を中心としたエントリーが多く、共感したと同時に大変勉強になった。もちろんツールとして論理的に物事を進めることも大事だが、最近の世の中から求められているのは、人と違う感性や考え方なのではないかと思う。今日のエントリーである「情報デザインフォーラム」も興味あるなぁ。参加してみようか。

ちょっと話は違う(また自分の話だ…)のだが、このエントリーを見てふと、自分にとって音楽の大きさを感じてしまった。あまりにも音楽を通して学んだことが多く、それが仕事を含めた全ての生活に影響を及ぼしているからだ。趣味でやっているとはいえ、たくさん嫌な想いをしてきたし、楽しいことはそれほど多くなかったなぁ、と思うけど、おかげで現時点での人間性という意味での成長は、音楽をやっていたおかげだ。

人生でもっとも多くの時間を費やす「仕事」を客観的に見ることは意外に難しい。特に、毎日仕事に引っ張りまわされて、人生は仕事だと思い込まされている人にとっては、ほぼ不可能と言ってもいいと思う。それが、私は音楽をやっているおかげで可能となっている。まず、世代、職業を問わずに接する人たち。大学時代、今のオーケストラや吹奏楽、エキストラに行っている団体も含めると、一緒に演奏した総数は1000人を確実に超える。毎週顔を合わせ、飲みに行って話し、団体のマネジメントを一緒に頭を捻るなど、仕事とはまったく違う感性で物事を進める。

そして、すばらしい音楽と触れられる。多くの人に育ててもらいながら、悩み、練習することでより音楽的な演奏ができるようになるわけであるが、音楽の成長は人間的成長も伴ってくる。自分は最高級の演奏はできなくとも、最高級の曲と対峙することで得られる感性は計り知れない。わかればわかるほど次の課題が出てくる。本物の音楽ほど奥が深い仕事がこの世の中にどれだけあるだろうか。

ただ、ひとつ言わなければならないことは、私の場合音楽だけでもダメだということだ。その逆説として、仕事だけでもダメ。両方あることで両方生きる。私の場合、ひとつに絞りたくないという不思議な欲求があるのだが、それが結果的に仕事の客観視に繋がっているのだろうと思う。

個人的にはこのような生活の仕方をお勧めしたいんだがなぁ。とはいえ、今の私はあまりにも周りの人と感性が合っていなくて苦しむことも多い。他人を変えるか、環境を変えるか、自分を変えるか。もっとも簡単である最後の選択を選べない私は、サラリーマン失格なのかもしれないな。