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音楽に対する姿勢

すばらしいソフトを作るには

人間は、自分が感じている感情や生理的な反応の原因を、直接因果関係のない事象に帰結させてしまう傾向を持っている。心理学者が「誤帰属」(misattribution)と呼ぶこの現象を、スポルスキー氏はこういう例で説明する。「デートでバーに行くのはいけませんね。アルコールは人を鬱状態にします。逆にコーヒーを飲むのがおすすめです。コーヒーを飲むと心拍数が上がる。ドキドキする。あなたがデート中の女性は、自分がドキドキしていると感じる。あら私はドキドキしてる、目の前にちょっとキュートな男の子がいる、私は恋に落ちたに違いない、と考えるんです」。

人の満足度というのは、満足している対象以外の要因もかなり影響する。音楽の場合も同様で、その日の体調、感情、その他諸々によって感動したり感動しなかったりする。

つまり、音楽家は音楽だけを表現しているだけではいけない。会場の環境、係りの対応、全てが感動を助ける(妨げる)可能性がある。また、いくら音楽がすばらしくても、演奏態度が悪い、言動が悪い、曲目が面白くない、装飾が無い、など、色々な要因がお客さんの感情を左右することになる。ここまでくると、音楽がどうのこうのという次元を超える。どのような形式でも、お客さんを感動させるためには、おもてなしのような態度が必要だと言うことだ。これは、特に音楽の専門教育のみをされてきた人にはとても難しい問題だ。

逆に、お客さんにも同じことが言える。少なくとも感動か何かを受信したいために会場に足を運ぶのだが、それを得る努力をしなければならない。体調を整える、前向きな志向をする、全てを楽しむという姿勢をとる…。人間は、準備をしなければ受信はできない。耳をふさぐことだって可能なのだ。私は、音楽家の態度と同じくらい、お客さんの態度が重要だと思う。演奏が悪いと音楽家のせいだけにしてはいけないのだ。

これはクラシック音楽に関しての、発信者、受信者側の問題点だと思う。発信者は音大卒業という資格に寄りかかり、それ以上のことをしようとしない、受信者はオタクやただステータスとして聴きに来ている人がいる。そのため、双方でネガティブな態度を取っている。全員ではないが、割合は多いと思う。自分への戒めと共に、書いてみた。