大事なことはあえて言わない

Blogを書き始めたら考えがまとまるようになり、少しその考えを他人に言ってみた。すると一般的な考え方とは違うため、議論になる。いや、議論にならないと言ったほうがいいのかもしれない。まったく理解されず、一般的な意見を言われてしまう。そこで「いや、俺が言いたいのは…」と言ってしまった瞬間、私はKYとなった。

私の言い方も悪いんだろうと思う。私は説明をするときに、結論から言う傾向がある。人間の考えというのは、結論に至るまでの過程があり、その部分を伝えないとその背景はわかりにくい。そのため、私の考え方は誤解される傾向がある。その代わり、会社の会議での説明はいつもわかりやすいと言われるのだが。

また、そもそも一般的な考え方と大きな相違があるところも、会話になりにくい原因だ。会話の基本を共感であり(少なくとも日本人は)、そこを外すとKYとなるわけで、相手を楽しいと思わせる会話をしたいのであれば、常に共感を呼ぶ話題にする必要があるのだ。つまり、大事なことはあえて言わないことが大切だ。

もし、私が変人であるのであれば、その変人振りをアピールしている時点で、人の輪に入ることはできない。私は、できる限り自分のポリシーで動いていきたい性格ではあるが、圧倒的な才能が無い以上、ある程度他人との関係性を保ちながら生活したいと思っている。それを実現するには、他人との相違点をアピールしてはいけないのだ。

ということで、自分の中の柱は保ちながらも、できるだけ普通の人のように振舞いたいと思う今日この頃である。

しかし、最近「学歴(教育)」、「結婚式」、「会社」、「家庭」の日本人の見えない圧力について、まったく理解ができないでいる。どうして思考停止をしてみな同じ選択するのだろうか?その方達からは「社会との関係性」の重要性を語っているのをよく聞くのだが、思考停止をして、全員と同じ選択をすることが、社会との関係性を本当に強めているのだろうか。まぁ、選択をするまでは良しとしても、同じ選択(グループ)に乗り切れなかった人間を差別するのだけはやめてもらいたいのだが。

こういうことを言っている(思っている)時点でKYなんだろうな…。