音楽は音楽にあらず

昨日、会社に行きながらiPodエルガーの1番を聴いていたところ、自分はイヤホンに騙されているのではないか、と不思議な感覚になった。確かに二つの耳で音を聞き分けている私達ではあるが、その二つの耳をふさいで、別の音を聴こえさせる事により、その場の音を疑似体験させているわけだ。

この状態は、音楽を聴くという意味では、最小限に情報を削られている状態だ。音が良いとか悪いとかではなく、人間達の息遣い、雰囲気、空気感、温度感…。その辺を削って、CDというのが出来上がる。

先日、先輩の家にお邪魔し、レコードのコレクションを聴かせていただいた。どれもこれも名演ばかりで、すばらしいのだが、私はレコードだからいいという感覚がわからなかった。私の感覚がおかしいのか…と思っていた。

だが、これでわかった。レコードだろうがCDだろうが、同じように情報量が削られ、加工されたものであることには変わらないのだ。レコードがいいと言われていることから私が期待したのは、その「削られている部分」が感じられるかどうかだった。当然、レコードだろうがCDだろうがその部分は感じられない。

音楽というものは、その表面の裏に隠れているものを表現し、聴き手が感じるものだ。音楽は3次元であり、奥行きがあればあるほど、すばらしく感じる。当然、奥にある本質は見通しが悪く、簡単に見えるものではない。CDやレコードはその3次元を真横から見るのと同じで、2次元に見せてしまう。その時点で、至極表面的な代物に出来上がってしまう。音の振動という意味では似ているので、我々は完全に騙されてしまうのだが、所詮CDやレコードはバーチャルリアリティでしかないわけだ。

そう考えると、音楽は人間が演奏し、人間が聴かなければ意味が無い。何が起こるかわからない状態や、人間達の状態など、音楽もその他も全て含めた「場」での人間間のやり取りで音楽が初めて成立する。

私達は、鳴っている音だけに感動するのではない。音楽は音楽にあらず。そう考えるだけで、CDの聴き方も、演奏の姿勢も変わってくるように思った。