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オーソドックスな凡庸

先日、弦楽器のうねりというエントリーを書いたが、ふと横浜逍遙亭さんのエントリーを思い出した。

ところが、いつも一緒にやっている音楽監督の下での演奏ということもあるだろうが、音楽にまとまりがあることについては、やはりさすがドイツのオケと唸らざるを得ない。とくに弦のセクションがバイオリンからコントラバスに至るまで同じビジョンを共有して音楽を作っている点には瞠目というほかない。先日、新日フィルでブラームスを聴いた感想を「オーソドックス」と書いたが、今思えばあれは「オーソドックスな凡庸」だ。ひどかった。正直なところ頂いたチケットについて悪口を書くのははばかられるという気持ちもどこかにあり、何を言いたいのか分からない文章を書いてしまったが、こいつらお客を素人だと思ってなめているのかもしれないが、あれではお客はこないぞと僕は思った。セクション毎のつながりというか、皆が同じ規範を共有して曲を作っているという感じが薄い演奏。自分の言葉をしゃべっていないような演奏。それにくらべて昨日のヴッパータールの音楽はその反対だった。これぞ合奏の醍醐味。そう言いたくなるサムシングに溢れた演奏には聴いていて引き込まれるものがある。義務で試合をしているプロ野球よりも、技術はなくても試合として緊迫している高校野球の方が断然面白いものだ。

新日本フィルに関しては、まったく同様の意見を持っている。特に弦楽器は、音程やリズムは正確でキレイな音を聴かせてくれるのだが、そこからまったく何も感じることはできない。前に聴いたマーラー7番も同様の印象を受けた。弦楽器が同じ方向を向き、うねらせなければマーラーの音楽にならないのに。弦セクションとして、一体何を目指しているのだろうか。こういう演奏をされると、大枚はたいてもドイツのオケを聴きたくなってしまう。

次はブルックナーの8番を聴きに行く予定。さて、どんな演奏を聴かせてくれるやら。ちょっと無理して会社を早く出るんだから、よろしくお願いしますよ…。