好きの合わせ技

『何ものかを降臨させるために』茂木健一郎 クオリア日記 )
Brutus副編集長の鈴木芳雄さんの芸大での講義。最後にとても興味深いことを言っていた。

茂木さん(概要)

若いときは理想とか観念からスタートするが、純粋なものから世の中の現実性などの全てのスペクトラムを使って欲しい。若いときは、理想とか観念しか知らない。鈴木さんはワイドスペクトラムの側。一度ワイドスペクトラムを経験していると、プライベートな仕事に戻ったときに、クオリティが変わるのではないか。

鈴木さん(概要)

自分にとっての聖地みたいなものみたいなものを突き詰めて、それを巡礼することをやったほうがいい。ある場所(場所にに限らず)に通じていることについては、自分が一番だ、というような聖地を持っていた方がいい。

二人は反対のことを言っているようだが、要するに両方必要だと言うことだと思う。私のような凡人の場合、好きと言っても1つの好きでは何も創造できない。「好きの合わせ技」が必要だ。そうなると、やはり総合力が勝負になる。ただ、総合力の中でも、何か軸になるようなことがあると、それが総合力の中のアイデンティティとして成立するのではないか。

ただでさえ好きを見つけるのは難しいのに、好きの合わせ技なんてできるのかと思ってしまうが、そんなことを考えてるうちに人生はミスマッチ内田樹の研究室)を思い出した。隈研吾の「負ける建築」ではないが、制約から生まれるものもあると思う。向いていないと思ってやっていたことがいつか花開くこともある。だから、私は自分の聖地を一つでも持ちつつ、出会えた物事には真摯に対峙していくのがいいと思うのだ。そしてやり続けていれば、いつかそれが合わせ技の一つになる。