プログラム組まなくなる

異動して2週間経過。一つのわかった事実が、今後プログラムを組むことは無さそうだ、ということだ。これからは、個人的な勉強量は増やさなければならない。やはり、来年は時間を空けよう。こんなことを考えていたら、こんな記事を見つけた。

36歳になって思う「プログラマ35歳定年説」:ITと人間の意外な関係 - CNET Japan

これは考えさせられる。個人的な感覚で言うと、上流というのは手を下さない代わりに、責任が大きい仕事であり、ある意味プログラマの方が気楽な面もある。また、この手で何かを作るという行為は結構楽しい。自分で書いたコードが動くところを見ると楽しい。これが、プログラムを好きになる基本となっている。

その分、上流は一人でできない仕事を動かせるという楽しさがあると思う。だからこそ、上流の方が儲かる。そして仕事も難しい。ある一部分の特出した能力だけでなく、人間力というか総合力がモノを言うことになる。

だから、ここで言う「管理をやりたくない」という気持ちはよくわかる。

最終的には、結論でもある通り、何をやりたいかに尽きるわけだが、「どっちか片方ってんでも無いよね」とも思う。両方できるのが理想的だよね。作れる人は作る人の気持ちがわかるし、管理する人には管理する人の気持ちがわかるし、両方わかれば両方の気持ちがわかるわけで、色々先回りしてできたりするんじゃないの、とも思う。

製造業が中心だったからかもしれないが、どうも作る人は下で、管理やユーザに近い人は上と扱う傾向がある。川の上流下流は、確かに流れる順番は違うけど、地位が上下あるわけではないし。一番下の新入社員はまず作る技術を、とか言っている人がいたが、それは新入社員に限らないんじゃない?と思う。それは、下積みとかそういうことだけじゃなくて、地位が下とかそういうことも含まれてるんじゃないか、とも思う。

なんか日本のITも空洞化してるという話(実感もある)だが、それはただ作ることをサボってた人がたくさんいるだけじゃないの?と思う。何で手段がわからずにSIができるんだろう…。

ジブリの背景を書いている男鹿和雄さんは、未だにリーダもやるし、誰かの下に付いて手も動かすらしい。これって理想的だよね、と思った。両方できるからこそ、両方の仕事に生きるんじゃないかと思う。

あと、「ウェブ時代をゆく」を読んでいて、「自助の精神」という話が出てきたけど、そういう意味でも両方できた方が有利なような気がする。どちらかに得意不得意はあったとしても、どちらかを捨ててしまうと、一気にその人の価値が落ちる。本当のプログラムの達人以外は、総合力が勝負だと思うんですよね。

まぁ、両方勉強するのは、大変だから多くの人はできないんでしょうけど…。ということで、ワタクシは新天地でプログラミング以外のことも頑張ろうと思っている次第であります。