不可能性を引き受ける

不可能性を引き受けるために感情が必要

茂木先生の話を聴いていて、こんな言葉がありました。コンピュータは感情を持たない(持てない)わけで、そのコンピュータの特徴は、不確実性や不可能性、つまり偶有性に対応できないわけですが、その時に人間は感情で受け止めることになるわけですね。

好きな女性に振り向いてもらえないとき、という例を挙げていましたが、まさにそういうときに感情が出ることになるでしょう。感情と言っても、喜び以外の感情ですね。不可能性を引き受けることに喜びを感じる人は少ないでしょう。

面白いのは、その感情が出た後に、自分の中で上手く消化しないといけないことになります。それはどこか別のところに逃がすのか、しっかり受け止めるのか、記憶のタンスの奥にしまってしまうのか。そうしないと感情ばかり出していたら体が持ちません。

逃がしても奥にしまっても残ってしまいます。そう考えると、やはり「受け止める」ところに学びがあるのでしょう。つまり、不可能性を目の当たりにした際の感情とは、学習するためのものなのでしょう。怒りでも悲しみでも、それをコントロールできる人が人間性が高いと言われますが、まさにそれは学習して修得するものであり、また難しいからこそそう言われるわけですね。