mixiのゆるさ

mixiってゆるい。私はどうもそのゆるさについていけません。それは日常でもそうで、何と言うか「若者」っぽい人たちのゆるさにも付いていけません。同年代のはずなのに…。

でも、表面上そのゆるさの中に、まじめさやその人の本質を見られる人がいます。最近、なぜそういう人に好感が持てるのかなぁ、とずっと考えていました。

周りの人は「まじめ」であることをとてもかっこ悪いと思っているところがあると思うんです。それがあたかもゆるく表現している一つの理由なんではと。それを真に受けている人は、その人の本質もゆるくなってしまうんですが、ゆるい表現ながらも本質を付く人がいる。例えば高田純次みたいな人はそうだと思うんです。本読みましたけど、あの人絶対いい加減な人じゃないと思いますね。いい加減なことばかり言ってますけど、本質はそこには無い。私は大好きなんですけど。

そこで思ったのは、ゆるさというのは若者の共通言語なんじゃないでしょうか。なので、伝えたいことや本質は特に昔と変化していないんじゃないでしょうか。これは今の若者達と表面上だけではなく、ちゃんと付き合わなきゃわからないと思います。私は苦手ではありますが、年代的に付き合わざるを得ないので、よくわかるんです。彼らは不真面目じゃないし、考えてないわけではない。それが表に出ていないだけだと思います。

今の私には出来ないんですが、前向きなゆるさというのにすごく好感を持ちます。こういう考え方ってもしかしたら人生には必要かもしれないなあと感じています。ちょっとゆるい生活、ゆるい物の見方をしてみようかと思う今日この頃です。