自然保護

星野道夫さんの「旅をする木」を読んでいる。養老孟司さんに続き、自然について考えさせられている。

オーストリアのザルツブルグを訪問するエピソードで、スイス人の方の一言。

スイスには自然は残っていないのです。ほとんどが人の手が入った人工的な自然です。もし動かせるのなら、スイス人は山の位置さえも動かしたでしょう。

そして、山に行ったときには

数日前、友人とザルツブルク郊外の山に登ったのです。けれどもアラスカから来ると、ヨーロッパアルプスは箱庭のように小さく見えます。

死ぬまでに一度はアラスカの自然に触れてみたいと思うと同時に、人間が自然を意識化してきたことは、近代化で始まったことではなく、人間の歴史そのものなんだ、と今更ながら理解してしまった。数百年どころではなく、千年、二千年とやってきたこと。これを取り戻すのが容易ではない…そもそも無理なのではないか…?

私達のやっている自然保護は、地球のためでなく人間のためにやっているような気がしているが、そもそもそれでさえ手遅れであり、延命治療に過ぎないのではないだろうか。また、地球を第三者的に見れば、人間がやっている「意識化」でさえ自然。滅びるのもまた自然ではないのかと思ってしまった。

とは言うものの、自分に降りかかってきたら大変なことだ。病気をしなかったとして、今の80歳の平均寿命まで生きられるのか?無理なのではないか?やはり今の時間はとても大切だ。

まだ最後まで読み終わってないので、また思うことがあったら書こうと思う。