知るということ

養老孟司さんが「知るということは変わることだ」と書いていて、Wikipediaの件を見ていても、そう実感しました。茂木さんへの当初の書き込みを見て、茂木さんへの見る目が少し変わりましたし、茂木さんの記事が変わったことについても、Wikipediaの特徴を知り、本人が事の発端とはいえ、自浄作用を肌で実感しました。

また、茂木さんが指摘している、養老孟司さんのWikipediaの内容については、履歴を見てもひどいものばかり。2chも同様ですが、このような悪意や偏見に満ちた人達がいるという事実は、できれば肌では感じたくないところでありました。そこばかりに固執すると、世の中を悲観し、黒魔術師になってしまいそうです。

でも、知るということ時代に罪は無いと思います。問題は知ったことの扱い方。あるプロの指揮者が

「私はもう普通にコンサートを聴けなくなってしまったので…」

と合奏中に何気なく言ったんです。彼は音楽について色々知ってしまったから、その上でコンサートを聴くと、黒魔術師になり、感動も何も無いということのようです。でも、指揮者ってそれでいいんですかね。知っていることを生かして、いいところを感じたり、感動を感じることができるということが、その人間性につながることだし、自分の音楽にもつながること。じゃああなたが演奏をしている目的は一体何なんだ?…と伺いたい。私はそれ以来彼にいい印象を持てていません。

これから私にどんな自分を変える「知」が襲ってくるかわかりませんが、「知らぬが仏」ではなく「知った上で仏」になりたいと願っています。